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KAKO san
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プロフィール
加古〔作曲家・ピアニスト〕名前「隆」は旧字体、生の上に一が入ります。

東京芸術大学・大学院作曲研究室修了後、フランス政府給費留学生として渡仏。
パリ国立高等音楽院にて、現代音楽の巨匠とも称されるオリヴィエ・メシアンに師事し、アカデミックな作曲家としての道を目指していたが、73年フランスでフリージャズのピアニストとしてデビューするという特異な経歴を持つ。76年作曲賞(Prix de Composition)を得て音楽院を卒業し、80年帰国。
代表作に、パウル・クレーの絵の印象によるピアノ組曲「クレー」があり、NHKスペシャル「映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」や、TVドラマ「白い巨塔」(CX)の音楽などで話題となった。
50以上のCDがあり、近年はエイベックスクラシックスより「PIANO」(06)「熊野古道」(07)「SILENT GARDEN」(09)、2010年はピアノ四重奏団「加古隆クァルテット」を結成し、アルバム「QUARTET」を発表し、作曲家&ピアニストとしての自作品によるリサイタルを精力的に行っている。
映画音楽では、98年モントリオール世界映画祭のグランプリ作品「The Quarry」[ザ・クゥオリー](ベルギー/マリオン・ハンセル監督)の作曲で最優秀芸術貢献賞を受賞。小泉堯史監督の「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」の2作では毎日映画コンクールの音楽賞を受賞。近年は「最後の忠臣蔵」「太平洋の奇跡」の音楽を担当した。
ピアノ・ソロ曲からダイナミックなオーケストラ曲まで、幅広い作品を発表し、演奏家としての音色の美しさから「ピアノの画家」とも呼ばれる。

オフィシャルホームページ:http://www.takashikako.com/

音楽との出会い〜軌跡
【少年時代】

1947年1月31日生まれ。水瓶座。
音楽との最初の出会いはトスカニーニ指揮のベートーヴェン第5番「運命」のLP。「聴いているといろんなことが想像できた。自然の映像が見えた」という。彼の素質を見抜いた小学校の音楽の担任の強い薦めで7歳の頃からピアノを学ぶ。
その後クラシック音楽のレコードを熱心に聴く。
中学生になってストラヴィンスキーの3大バレー組曲「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」を知り、現代音楽に惹かれ出す。
高校時代にはアートブレイキーとジャズメッセンジャーズのコンサートを聴き、「最初の一音を聴いたときに身体が痺れるほどの」衝撃を受け、翌日からはジャズのレコードの収集に奔走する。
これらが加古隆の音楽の根幹を成す3つの核、クラシック・現代音楽・ジャズとの邂逅である。
【フランス時代】



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1965年、東京芸術大学音楽学部作曲科に入学。一時はジャズ・ピアニストへの道も捨てがたく迷ったが、恩師の池内友次郎氏、三善晃氏の影響もあり、現代音楽の「作曲家」への道を決意し、意識的にジャズから距離を置く。
1970年にはNHK毎日音楽コンクール作曲部門で入賞。大学院修了後、1971年フランス政府給費留学生として渡仏。パリ国立音楽院(コンセルヴァトワール)作曲科に入学、現代音楽界の巨匠オリヴィエ・メシアンに師事。自作「オーケストラのための一章」がパリ音楽院管弦楽団によって初演、また「四重奏曲」が国営フランスラジオ放送局で演奏されるなど音楽院の中でも注目を集める存在となる。
一方、このパリ在学中に当時全盛のフリー・ジャズと出会う。「それは作曲と演奏が瞬時に進行する即興音楽の世界」。そして1973年、フリー・ジャズのピアニストとしてデビュー。加古の一連のピアノ・プレイは「現在フランスで聴くことのできる疑いもなく最高のピアニスト」(フランス、ジャズ・マガジン誌)と絶賛される。
この時期は大きな転換点となっっている。「初めて僕は、作曲家であり、ピアノを弾く演奏家であるということ、この二つを同時にスタートさせたのです」。この時期の主な共演者に、スティーブ・レイシー、アルバート・マンゲルスドルフ、ヴィンコ・グロボカールらがいる。出演した主な音楽祭にアヴィニヨン、ナンシー(フランス)、メルス(ドイツ)等があげられる。この頃、自己のグループ TOK(トーク)
※iも結成。
1979年にはTOKのアルバム「Paradox(パラドックス)」がドイツECMから世界発売された。その同じ年の冬、北フランスの町カーンで偶然「ソロ・ピアノ・コンサート」を体験する。大雪でイギリスから来仏出来なくなったピアニストの代役だった。「初めてのソロ・ピアノ。将来自分の進むべき道を予感する」。ヨーロッパ各国での演奏旅行が頻繁でメシアンの教室からは足が遠のいていたが、1976年パリ国立音楽院を審査員全員一致のPrix de Composition(作曲賞)で卒業
※iiしている。

※i:TakashiのT、Oliver Johnson(ds)のO、Kent Carter(bass)のK、の頭文字がグループの名前。
※ii:演奏旅行中の加古は卒業試験の日程をメシアンからの電報で知った。
   無事卒業が決まり、お酒が飲めないメシアンと2人、音楽院近くのカフェでコーラで(!)乾杯した。
【帰国


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1980年、本拠地を日本に移す。
フランスではジャズ(即興)グループでの演奏が主体だったが、帰国後は自作品によるピアノ・ソロ・コンサートを本格的に開始する。これにはあの、カーンでのソロの体験が深く関わっていた。
又一方、作曲家として、ピアノ曲、室内楽曲、オーケストラ曲はもちろんのこと、映画音楽、ミュージカル、TV番組、TVコマーシャル、舞台音楽、と精力的に発表。パウル・クレーの絵の印象によるピアノ曲集「クレー」に代表される他のアート(美術、文学、建築、ダンス、映像)とのコラボレーション作品も多い。
1985年「ポエジー」がニッカウイスキーのTVコマーシャルに使われ大ヒットとなり、加古隆の名を日本の音楽ファンにも一層知らしめることとなった。
1986年CBSソニー(当時)と契約。(2006年現在は特定のレコード会社所属は無いが、1973年パリでのデビューから現在までその数は50枚に達する)
1993年カーネギーホール(Weill Recital Hall)でニューヨークでの初のソロ・コンサートを行い、「水の前奏曲=Prelude de l'eau」、「ノルウェーの森=Forest Echo」がアメリカ・トライスターから全米発売される。
1995〜1996年、NHKとABC(アメリカ)の共同取材によるNHKスペシャル「映像の世紀」の音楽を担当し、放映日には日本全国からNHKに音楽の問合せが殺到するという、大きな反響を呼んだ。その後も「ドキュメントにっぽん」「にんげんドキュメント」のテーマ音楽によって全国的に知られる。
【映画音楽】
この他作曲家としては、世界中で公演される山海塾(主宰:天児牛大)の近年の作品に参加し、活動の幅を広げている。又、1998年第22回モントリオール世界映画祭でのグランプリ受賞作品「The Quarry」([ザ・クゥオリー]ベルギー、マリオン・ハンセル監督作品)の作曲で最優秀芸術貢献賞を受けた。更に、2000年庵野秀明監督・映画「式日」、2001年「大河の一滴」(五木寛之・原作、神山征二郎・監督)に続いて、2002年「阿弥陀堂だより」(小泉堯史監督)の音楽を担当し、第57回(2002年)毎日映画コンクールの”音楽賞”、第26回日本アカデミー賞の優秀音楽賞を受賞。2005年には、初めて校歌の作曲。宮城県立気仙沼高等学校の校歌で、作詞は地元・気仙沼在住の歌人、熊谷龍子。2006年小泉堯史監督との2作目となる「博士の愛した数式」の音楽(CD:エイベックス クラシックス)を担当し、「愛のテーマ」に象徴されるように、自然から人間に眼を向けた傾向も窺える。

「音楽との出会い〜軌跡」のページは、公演チラシやプログラムへの無断転載をお断りさせていただiいております。[STUDIO KAKO]
主な年譜
2011 映画「太平洋の奇跡」(平山秀幸監督)の音楽を担当
2010 映画「最後の忠臣蔵」(池宮彰一郎原作、杉田成道監督)の音楽を担当
ピアノ四重奏団「加古隆クァルテット」を結成しCD「QUARTET」を発表
2009 CD「SILENT GARDEN」を発表
2008 映画「明日への遺言」(大岡昇平原作、小泉堯史監督)の音楽を担当
2006 映画「博士の愛した数式」(小川洋子原作、小泉堯史監督)の音楽を担当
2005 NHKスペシャル「日本の群像 再起への20年」のテーマ曲を作曲
宮城県立気仙沼高等学校の校歌を作曲
2004 フジテレビ開局45周年記念ドラマ「白い巨塔」の音楽を担当
オリジナルCD「白い巨塔ーコンプリート」を発表
「アボルダージュ」(山本寛斎プロデュース・スーパーショウ)の音楽を作曲
2003 映画「阿弥陀堂だより」の音楽で第57回毎日映画コンクール「音楽賞」、第26回日本アカデミー賞「優秀音楽賞」を受賞
パリ・デビュー30周年を記念したアルバム「アニヴァーサリー」を発表、東京などで記念コンサートを行う
2002 映画「阿弥陀堂だより」(小泉堯史監督)の音楽を担当
アルバム「風のワルツ」を発表、東京・大阪・名古屋で記念のコンサート
2001 映画「大河の一滴」(五木寛之原作、神山征二郎監督)の音楽を担当
映画「白い犬とワルツを」のメイン・テーマ曲を作曲
アルバム「Sceneシーン」(1992年から2001年まで10年間の映像音楽作品集)を発表しコンサート・ツアーを行う
2000 NHK「にんげんドキュメント」のテーマ音楽を担当
アルバム「パリは燃えているか」(NHKスペシャル「映像の世紀」完全版)を発表
庵野秀明監督・映画「式日」の音楽を担当
組曲「映像の世紀」を東京、大阪で初演(新日本フィルハーモニー交響楽団、大阪センチュリー交響楽団、指揮:金聖響)
1999 アルバム「静かな時間」を発表、東京・すみだトリフォニーホール、大阪いずみホール他でコンサート
ブラジル、アルゼンチン、チェコ、ハンガリー、フランス(パリ)でのソロ・コンサート(国際交流基金主催)
1998 第22回カナダ・モントリオール世界映画祭に於いて、グランプリ受賞作品「The Quarry」(ベルギー、マリオン・ハンセル監督作品)の作曲により最優秀芸術貢献賞を受賞。
東急文化村:シアターコクーン・プロデュース作品「ロメオとジュリエット」(演出:ノノン・パダーリア)の音楽を担当
アルバム『予感〜アンジェリック・グリーンの光の中で〜』を発表し東京・紀尾井ホールの他全国15ヶ所でコンサート
1997 ピアノとコントラバス4台によるコンサート『色を重ねて』発表(演出:天児牛大)
NHK「ドキュメントにっぽん」のテーマ音楽を担当
1996 ロシア(モスクワ音楽院大ホールでのリサイタル、他)・中国・インド・ネパール・スリランカから招待され5ケ国歴訪のソロ・コンサート(国際交流基金主催)
1995 NHKスペシャル『映像の世紀』の音楽を担当、サウンドトラックCD化される
エストニア「オリエント’95フェスティバル」に招かれる
山海塾「ひよめき」の音楽を担当(初演:パリ市立劇場)、以降の山海塾新作の音楽にもかかわるようになる
1994 アルバム『水の前奏曲』全米発売、アメリカ自然史博物館などでのニューヨーク公演
1993 建築家・安藤忠雄氏設計の“水の教会”にて、同氏との対談を含んだコンサート
カーネギーホール(Weill Recital Hall)におけるアメリカ・デビュー・ソロ・コンサ-ト
1992 宮沢賢治の作品を題材とした音楽詩劇『賢治から聴こえる音楽』初演
ドキュメンタ1992(ドイツ・カッセル)に招かれる
アセアン5ケ国(シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、ブルネイ)ピアノソロ・コンサート・ツアー(国際交流基金主催)
1991 北斎、広重などの浮世絵をテーマとしたピアノ組曲『エスタンプ・ソノール』発表
ベルギー、スペイン、フランスの合作映画『On the Earth in Heaven』(マリオン・ハンセル監督)の音楽を担当
1990 ピアノとオーケストラによる交響詩『春〜花によせて』、大阪・国際花と緑の博覧会にて初演
1989 イズマエル・イヴォ(ダンサー)との共同作品『アポカリプス』(演出:天児牛大)発表、東京〜ウィーンにて初演
カナダ(バンクーバー・カルガリー)での音楽フェスティバルに出演
1988 アルバム『スクロール』でスイングジャーナル社主催「日本ジャズ賞」受賞
1987 第3回Tokyo Music Joyにおいて自作品『箏とオーケストラのための協奏曲』の指揮
南仏・モンペリエ音楽祭に招かれソロ・コンサート
1986 パウル・クレーの絵の印象によるピアノ組曲『クレー』発表。
以後、大原美術館(倉敷)を初め多くのミュージアム・コンサートを行う
パリ・ポンピドゥーセンターの招きで「日本の前衛展」に出演
ドイツ放送局の招きでケルン・コンサート
1985 「ポエジー」がニッカウヰスキーのCMに使われ大ヒットとなる
1984 東京文化会館主催による同ホール初のジャズ・コンサート「加古隆・ピアノとの対話」
1981 ミュージカル『光の彼方に』の作曲で芸術祭優秀賞受賞
1980 フランスより本拠を日本に移す。
1979 日本人として初めてドイツ・ECMレーベルから『パラドックス』を全世界発売
初めてのピアノ・ソロ・コンサートをフランス、カーンの音楽祭で行う
1978 オリバー・ジョンソン(ds.),ケント・カーター(b.)とピアノトリオTOK(トーク)結成
1976 パリ国立音楽院を作曲賞(Prix de Composition)を得て卒業
1974 日本・デビューアルバム「日本館コンサート」発表
1973 パリで即興(Free Jazz)ピアニストとしてデビュー「現在フランスで聴くことのできる最高のピアニスト」と評され、ヨーロッパ各地で数多くのコンサートを行う
ヨーロッパ・デビューアルバム「Homage to Peace」フランスで発表
1972 自作のオーケストラ曲がパリ音楽院管弦楽団により初演(於:サル・ガヴォー)
1971 東京芸術大学・大学院作曲研究室修了、フランス政府給費留学生として渡仏。
パリ国立音楽院(コンセルヴァトワール)作曲科入学、オリヴィエ・メシアンに師事
1970 NHK毎日音楽コンクール作曲部門入賞
1969 東京芸術大学音楽学部作曲科卒業
受賞歴
2007 第61回毎日映画コンクール「音楽賞」を受賞(映画「博士の愛した数式」の音楽で)
2003 第57回毎日映画コンクール「音楽賞」を受賞(映画「阿弥陀堂だより」の音楽で)
第26回日本アカデミー賞・優秀音楽賞を受賞(映画「阿弥陀堂だより」の音楽で)
1998 第22回モントリオール世界映画祭のグランプリ作品「The Quarry」(ザ・クゥオリー)[ベルギー、マリオン・ハンセル 監督]の作曲で最優秀芸術貢献賞を受賞
1988 アルバム「スクロール」でスイングジャーナル社主催の日本ジャズ賞受賞
1981 ミュージカル「光の彼方に」の作曲で芸術祭優秀賞
1970 NHK毎日音楽コンクール作曲部門入賞
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