▲音楽の森へ〜 お便りありがとうございました。
編集部より:ファンクラブのLetter to Verseauの中から抜粋しております。
文中の固有名詞など省かせていただくことがありますが、ご了承ください。
【メッセージ】加古さん、皆さん、こんにちは。
先日、東京・オペラシティーで行われた「クァルテット」リサイタルを聴かせていただきました。今回は新作アルバムを買うのをリサイタル当日まで我慢し、敢えてCDを聴かずに当日を迎えました。
10月にチケットが届いた時、リサイタルのポスター写真に思わず見入ってしまいました(CDジャケットにも使われていたんですね)。加古さんを囲んで何か語り合っているような雰囲気の演奏家の皆さん。その和やかで穏やかで温かな雰囲気に自然に微笑んでしまいました。ポスターやCDジャケットの写真というと、何かしらポーズを決めたり取ったりしているものが多いので、とても新鮮に感じました。そして写真の演奏家の方々がどのような生演奏をご披露してくださるのだろうと、リサイタル当日が待ち遠しくなりました。
リサイタルでの“クァルテット”は、その写真と同じく温かな雰囲気を会場一杯に充たしていました。でもその雰囲気はソリスト同士がアンサンブルという形で「協奏」するという緊張感をしっかりと土台することで醸し出すことができるのではないかとも思いました。きっと私には理解できないほど難しいことだろうと思いますし、だからこそ加古さんも大事に温め続けた構想の実現に相当な時間をかけてこられたのだとも思います。
私も(あくまでも趣味の範囲に過ぎませんが)ピアノを習っています。普段はピアノだけですが、今年の夏にはエレクトーンとのアンサンブルを経験し、小編成でのアンサンブルもいいなぁと思ったところでした。“クァルテット”には及ぶべくもありませんが、また機会があったら私もアンサンブルを経験してみたいと思います。
もう1つ、私はこれまでビオラの音色を単独で聴いた事がありませんでした。今回のリサイタルで初めて音色にしっかりと触れることができたことも大きな経験でした。音域はバイオリンとチェロの間くらいでしょうか、でも音色としてはチェロと一緒にピアノとバイオリンをしっかりと支えているような、そんな頼り甲斐のある非常に心地良い響きを感じています。ビオラのために作曲された作品ってどういう曲があるのか、じっくり検索で調べてみたいと思います。
ビオラの音色とアンサンブルの良さ、また新しい音楽との出会えたリサイタルでした。12月もリサイタルは続きます。クァルテットの皆様には、くれぐれも体調にお気をつけ下さり、素晴らしい音色を各地にお届け下さいませ。今後のご活躍が大いに楽しみです。(私もピアノをガンバらなきゃ!…笑)【ペンネーム】ハーブ・ティー
【メッセージ】
今日も清流の音が聞こえてくる。
山は花と緑、故郷(平野)は見渡す限りの焼野原。どれだけの時が経ったのだろう。
季節は春の終わり頃。春風が吹き肌に染みわたる。
街や人はほとんどなくなってしまったが桜は以前と変わらず何も言わず堂々(『静かに』でもいい)と立っている。
焼野原に残る花(桜並木)は戦火を超えてなおいっそうに強くたくましく咲き息吹く。
勇ましく威風堂々。
風が強くなってゆく。
少しずつ花びらが散ってゆく。
風の精霊が舞い踊る如く桜の花びらが並木や人の間をうねり疾風して行く。
百花繚乱咲き乱れ舞い踊る。
清流に命(花)が次々と落ち流れゆく。
大海に流れ還りゆく。
遥かなる旅路。
再び大空高く舞い上がり故郷にゆく。
花(命)は再び大地に還り新たな芽(命)を宿す。
また新たな『魂(命・花)』が誕生する。
花は再び美しく咲き誇る。
その姿は人の底知れない生命力の如し。
心魂(内に秘めたる笑顔と陽の気)の息吹きの如し。
霊魂の輪廻転生の如し。
復活しようとする心魂(真の幸福へ)の執念なり。
いつの時代も花(桜並木・命)は大地に咲き息吹く。
『神と仏と人』と共に。
>加古さん、皆さんこんにちは!。
上記の詩文は『春の別れ〜春−花によせて』を聴かせて頂きました後の私の感情・心情(魂)で御座います。
それを詩文の様な形で私なりに表現させて頂きました。
私は戦争体験者では御座いませんが不思議とこういう感情になってしまいました。
皆さんはどういう感情・心情になりましたでしょうか?。
多分、加古さんは日本の自然(春)の風景・情景を頭で描きながら『ぱっと(不思議なひらめきで)』作曲されたと思います。
春の田舎の美しい田園地帯や緑や花でおおわれた平野・山々の景色をイメージされたかもしれませんね。
私もその風景・情景は想像できます。
加古さん、美しい曲を聴かせて頂き真に有難う御座いました。【ペンネーム】やっちゃん(30)
【メッセージ】
加古隆さんのアルバムは(たぶん全て)持っております。
希有なセンスと音の美しさ。
イマージュのコンサートでも、他のピアニスト諸氏と同じピアノを弾いているのに、明らかに加古さんの音色がずば抜けていました。コンサートからの帰りの車中で『アニバーサリー』の中に入っていた、‘白梅抄’を聴いて涙があふれました。心の琴線に触れました。感動しました。
クレーの絵本やアルバム『静かな時間』のような、「静謐」(せいひつ)のイメージを美しいメロディーに変え、それらを一音一音大切に演奏していらっしゃるお仕事はまさに芸術。
子供のころから、父親に、「人間としてせっかく生まれてきたのだから、一生懸命仕事をして、自分の死後も何か残しなさい。目に見えるものでも、目に見えないものでも。」と言われ続けて育ちました。
加古さんは素晴らしい曲と、ご自身の演奏が聴衆に与える感動を残せますよね。私たちは、加古さんの音楽に癒され、
励まされ、何らかの影響を受けます。加古さんと同じ母国語やある程度共通のバックグラウンドを持つ自分は本当に幸せです。
私は6年前に病に倒れました。パニック症候群と心的外傷後ストレス障害です。こんな病気に負けていられない、との思いで、毎日、病気と闘ってきました。東京、大阪、兵庫、九州などで治療してもらいました。家族、主治医、病院関係者、東洋医学の先生、滞在先のホテルのスタッフ、友人達など様々な方々に支えられて、現在、ようやく闘病生活も大きな峠を越えて、回復期に入り、四、五年後には脳内ホルモンの分泌も正常化するようです。支えてくださった方々にも感謝、感謝です。そして、6年間血を吐く思いで闘病した自分のことも誇らしく思います。苦しい闘病生活の中で、ベッドの傍らにあったのは、加古隆さんの『静かな時間』、『アニバーサリー』、『春ー花に寄せて…』などのCDでした。
(クラシックの巨匠達の曲やアルゼンチンの巨匠ピアソラの曲も聴いていましたが…。)
修験者のように荒行に耐えられたので、人並み以下に低かったわが魂も多少はレベルアップしてくれたようです。今は養生しながら少しずつ必要なことを学び、身につけていくつもりです。あと数年後には、何らかの形で社会にかかわり、自分を大切にしながら、人に尽くしていける意義のある仕事のプロとして再起したいと願っています。
オープン・マインドに心がけ、これからの人生はギフトみたいなものだと思っておりますので、積極的に好きなことや趣味を広げていきたいと思っています。加古さんの音楽やインテリジェンスに触れる機会は、自分の病状が許せば、今からでも逃さないつもりです。楽しみです。私も、自分がこの世を去っても、何か善なるものを残せれば幸いです。 【ペンネーム】ケイ
【メッセージ】
夕刊「追憶の風景」の記事を読みました。感動、しました。かっこいいなあ・・・。「木には、時がしみこんでいる。美しい音は人生の起伏を感じさせ、人の心を震わせる。その震えた心が、木や光や水を大切に思う感性の礎となる。」100万回「自然を守れ!」と叫ぶより、1曲の美しい音楽がこの星を守る原点になる。本当にその通りだと思うし、よりたくさんの人の心にそのメッセージが届いてほしいと切に思います。加古さんの曲が心に響くのは、こんな思いがこもっていたからなんですね。【ペンネーム】やまひつじ